2014年購入
長年欲しかったコントラバス
良い物を手に入れなければ意味がない
しかし良い物はとてつもなく高価
しかも管理が難しそう
弾きこなすには、かなりの修行が必要
そんなイメージがあるために
お金が貯まると、つい、エレクトリック・ベースを購入してしまっていた
2013年
NHK広島放送局制作のドラマ『基町アパート』の撮影で
広島に滞在した
生のJazzが聴きたくて、知人に店を探してもらった
【Jazz in Mingus】
という、ベーシストがやっているお店があるという
妻の寿子と一緒に早速行ってみた
カウンターだけの小さなお店だった
素晴らしい音でJazzが流れている
チャールズ・ミンガスの大きな肖像画が飾られている
コの字型のカウンターの中にアップライトピアノ
そして美しいコントラバスが1本
「こんな狭い空間でライブもするのか…」
天井近くにはJBLのヴィンテージ物の大きなスピーカーが鎮座し、
壁の棚には数台のMcintoshの真空管アンプ数台が光を放ち、
重厚なターンテーブルが2台
デジタルでは絶対に聴けない、アナログの深み・艶・張り
密度の高い音がとても心地良い
それだけで、ただ事ではない雰囲気
そして、風格のあるマスターが一人で座っていた
これが
ベーシスト・井上博義さん
との出会いだった
1937年生まれ。鹿児島県出身。
1956年、東京でプロの演奏家として活動を開始。
原信夫とシャープス&フラッツなど著名なバンドに在籍しながら、早稲田大学の「ハイソサエティオーケストラ」を指導し、学生バンド日本一の基礎を築く。
広島に拠点を移してからは、18年間河合音楽教室の指導講師を務め、社会人・大学等の後進の指導・育成にも情熱を注いできた。
中国政府の協力を得て、1993年~1995年に3回の中国でのコンサートを成功させる。
1995年5月には、民間レベルの文化交流として、山東省青島において、その集大成とも言える2日間のステージで6000人を超える聴衆と共に戦慄溢れる感激を体感した。
2011年11月22日「音楽生活55周年記念コンサート」
2016年11月22日「音楽生活60周年記念・井上博義ジャズワールド」
を開催。そのライブアルバムを発売。
という経歴を持っていらっしゃる
さて、お店では
ライブタイムになると、サックスプレイヤーが参加し
コントラバスとテナーサックスのデュオが始まった
井上さんの太くて深くてパワフルなベース音が店いっぱいに響き渡る
太い指から弾き出される一音一音のドラマチックさ
今までに味わったことの無い感動だった
1937年生まれの井上さん
(広島のお店【Jazz in Mingus】にて)
今も現役バリバリのベーシストである
魂のこもった、骨太で、実に男らしいベースを弾かれる
音と同じに、骨太で真っ直ぐなお人柄
すぐにベース談義で意気投合
二回目に訪ねた時
なんと、井上さんは愛用のベースを私に弾かせて下さり、
コントラバスの弾き方、魅力を教えて下さった。
井上さんのベースは弦が太く、とても弦高が高い
深く指を差し込み、手首全体で弾く
それが、芯の強い深みのある音を出すのだ
エレクトリック・ベース専門の私がいきなり弾いたところで、
到底、井上さんの様な大きな深い音が出るわけもなかった
しかし
とても気持ち良かった
その難しさ、奥深さが堪らない魅力だと分かった
一時はサイレント・ベースの購入も考えていた私だったが
「コントラバスの場合は、ちゃんと箱のベースを弾いて、鳴らす感覚を覚えなきゃ駄目です」
という井上さんの言葉で
ちゃんとしたコントラバスを買う決意をした。
井上さんも
「梅雀さんは絶対にコントラバスをやるべきです」
私は迷わず
「はい。やります。お金を貯めて買います」
と答えた
それから一年が過ぎた2014年10月
舞台『夫が多すぎて』の稽古入りをした日
寿子と一緒に、久々に東京で生のジャズ演奏を聴きに行った
その日は日本人のベテランドラマーを中心としたクァルテットの演奏だった
ドラムはもちろん、ピアノもサックスも良い演奏だった
だが、ベーシストのコントラバスの演奏に腹が立ってきた
センスが無さ過ぎる
あまりに歌心の無い詰まらないソロを延々と聞かされ
「あれなら俺の方がもっとまともな演奏をする」
そう思った
寿子も全く同感で
「井上さんに約束したんだし、やっぱり、コントラバスを買うべきよ」
「よし、買おう」
すぐさま広島の井上さんと、連絡を取り
世界的に信頼されているコントラバス専門店『弦楽器の山本』(東京)で
井上さんの特別注文で良い楽器を何本か集めてもらう事になった
数日後
年代も生産地も様々な4本が選ばれた
井上さんが絶大な信頼を寄せていらっしゃる山本さんに
私の好みの方向性を見定めてもらいながら
4本を弾き比べた
音の存在感が圧倒的に良い一本があった
100年ほど前、ウィーン方面で造られた楽器だった
色合い、形や佇まい、醸し出すオーラが他の三本とはまるで違っていた
値段も一番高かったが
これが出会いだ
迷うことなく、一番気に入ったこのコントラバスを買うことにした
この独特のヘッド形状がウィーン方面の工房の作品である証
調整を行う山本さん
ご覧の通りボディーの裏はフラットである
山本さんの手による調整が終わった私のコントラバス
山本さんは、井上さんの主張する弦高よりは低めに
私が指を傷めない様に
そして楽しく弾ける様に
調整をしてくださった
とは言え 弦高はローアクションで細い弦ばかりでエレクトリック・ベースを弾いてきた私にとっては それはそれはかなりヘビーなものだ
初めのうちは
一曲分の時間弾くだけで
指が痛くなって休まなければならなかった
井上さんの様にボディーがブンブン鳴る様に弾かなくては
思い切り指を弦に絡めて
弓を引っ張る様に放って弾く
ゆっくり一音ずつなら鳴る
普通に曲のスピードで弾こうとすると
力ばかりが入って
思うように鳴らない
焦るから
尚更力む
とにかく毎日
少しずつでも弾いて
無駄な力が抜けて
それでもしっかりボディーが鳴るまで
慣れるしかない
指が腫れて
痛くて弾けなくなったら
しばらく休む
やる気が無くならない様に(笑)
しかし
遅々として上達しない日々が続く
何とか
ライブで披露出来る日が来るように
頑張らねば
それから一年が経った頃
突然
映画でコントラバスを弾く役のオファーが来た
何ということだ
小玉ユキさん原作の大ヒットコミック
『坂道のアポロン』
の、向勉役だった
戦死してしまった友人(ジャズとコントラバスを教えてくれた)と、病死した妻の思いを叶えるために、レコード店を営み、その地下には音楽室がある ジャズとコントラバスと、一人娘をこよなく愛する男だ
既にアニメのシリーズとして映像化されて 大ヒットしていた
YouTubeでアニメを観た
凄い
菅野よう子さんが音楽を担当しており
素晴らしいアレンジ
そして演奏シーンは実際のプレーヤーの映像にアニメを重ねている
本当に素晴らしい
日本でジャズを扱った物語で
これほど素晴らしい作品を観たことが無かった
これを実写化するのか…
大変だ
コントラバスを弾く人間を演じる以上は
自分の我流でやっては駄目だ
正式に『正しい弾き方』を習うことにした
実写版の映画『坂道のアポロン』の音楽を担当するのは
鈴木正人さん
なんと
私と同じ【地下室の会】(プロベーシストの会)の会員
ベルリン生まれで、アメリカのバークリー音楽院出身のスペシャリスト
この方に習うのが一番適切
そこで一日だけだが
基本を習うことになった
(鈴木正人さんと)
なんとなんと
私のコントラバスと同じ
オーストリアはウィーン方面の工房で造られたコントロバスをお持ち
まるで兄弟の様な二本のベース
私のベースは
しっかり弾けた時に
何とも素晴らしい深い音で鳴る
鈴木さんが弾くと本当に素晴らしい音だった
やっぱり名機だ
鈴木さんのおっしゃることは
広島の井上さんと全く同じだった
まずはフォーム
これでコントラバス弾きか、エレクトリックベース弾きかがバレる
それからは猛練習の日々だった
NHK-BSプレミアム『伝七捕物帳 2 』の撮影中も
借り物のサイレントベースで練習を重ねた
実写版の『坂道のアポロン』は
三木孝浩監督
主人公の西見薫を知念侑李くん
暴れん坊の川渕千太郎を中川大志くん
千太郎の幼馴染・向律子を小松菜奈ちゃん
律子の父・向勉を中村梅雀
という配役だ
(写真提供:『坂道のアポロン』製作委員会)
熱く楽しく、音楽愛に溢れた現場は
本当に素晴らしかった
セッションシーンの撮影は
何度も何度も
納得がいくまでチャレンジ
皆んな本当によく頑張った
監督のカットが掛かっても演奏が続いていたり
全員熱くなっていた
当然
映画の仕上がりは最高だ
特にセッションシーンは
世界に誇れる迫力だと思う
そして物語は後半に向かって
観る者の心を熱く揺さぶる
知らないうちに涙が流れる
エンディングロールは正にボロボロに泣けてしまう
この映画に出演出来て
本当に良かった
この映画の話も
コントラバスが呼び寄せたような
そんな気がする
そして
映画公開中に行った吉祥寺サムタイムでの【梅雀Band Live】(2018年4月13日)
ついに、ライブでのコントラバス・デビューを果たした
電気楽器との音量差をカバーするためにピックアップを装着
コマを改造したくなかったので
その条件で考えられる最善のモデルを選んだ
ベース本体が持つ素晴らしい生音を、出来る限りリアルに再現したい
狭い空間での大音量でも、ハウリングを起こさない対策をしたい
色々試した挙句
この2つのピックアップを
SchertlerのYellow Acoustic class-A Blender
でミックスして使う
プリアンプでありミキサーであり、DIでもある
ファンタム電源を持っていて
2種類のインプットと個別のゲインと4バンド・イコライザー、マスターボリュームが付いている
軽くて小型でクオリティーも高い
DPA 4099Bのハウリング対策にカットしていった帯域を、Fishman BP-100で軽く補う様にミックス
それを、Walter Woods(リアルな再現に向いている) とEpifani で出す
本体の生音に近い良い感じのミックス音が作れた
素晴らしい音のこの楽器を
思う存分鳴らせるように
いずれは
ライブでの欠かせない武器になるように
しっかり勉強していこうと思う
85歳になって
吉祥寺サムタイムで
娘とセッションするのが私の夢だ
その時
このコントラバスを弾いていたい
生涯愛していく
名機だ
(写真撮影: 中村梅雀、瀬川寿子)
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